滞りなく終わりました。
「あーあ、あっちに行っちった」という感じです。
でも、一応一区切りというか、
6時起床
ご飯食べて、化粧して、喪服の支度して←ここが大変で、ストッキングがない(黒のストッキングなんて普段履かない)、数珠はあるとかないとか。
もう喪服や、関連の品(数珠、黒い鞄、黒い靴)を家族の分を私が管理して都度渡すというオペレーションから脱却=自分のものは自分で管理、に変えたんです。
なのに、やはり、何がない、かにがない、とはじまりました。
前日に「支度しておいてよ、確認しておいてよ」と、念押ししたのに、プンプン。
まあでも、8時に出ると言ってたのが10分遅れくらいで出れました。もちろん想定内です。笑
9:10 お寺着
ちょい早すぎたかなと思ったけど、妹一家も程なく到着。
妹は花を任せてた&ステキなお花を持って来てくれました。
9:30には父を引き連れて弟一家が到着。
お骨や遺影などを持って来てくれました。
お経が始まる時間に着くのではなく、法事は30分前にはついてないとならない。
特に、主催する側は、お寺さんとの確認事項、支払いあるので(お経は約10万円、墓石に戒名を彫るのは8万円ちょっと)先に渡して。
あたしよ、葬式代だけでなくて、法事の費用も残さないとな。分かった?(笑)
お寺さん云々というのもあるけど、せっかく集まってくれた子供たちに(孫もいるのか?)おいしいもの食べてほしいなと思います。
あと、本堂が2階なので、リフトが階段脇に付いている。
それに乗って、父は2階の本堂へ。
10:00 お経スタート
お経しているお坊さんの右奥に、塔婆がおいてあったのですが、今まで自分の名前で出したことはなかったんですね。
塔婆は、戒名を考えたお坊さんの筆跡と一緒。
後で出てくる石屋さんに「塔婆の字も石屋さんが書いたんですか?」と聞いたら、
「ここのご住職は自分で書かれますよ」とのこと。
母の実家のお寺の塔婆は、プリントしてありましたよ、はい。
今はそんな時代なんだなと、叔父の四十九日の時に思って覚えていました。
なんか、手書きの方が温かく感じますよね。
メールより手書きの手紙の方がいいという感じです。
お経の中で、塔婆を出した人が出てくるのも知ってました、いよいよ私の名前が出てきていました。

10:30 お経おしまい→納骨
お坊さんのお経が終わって外に出ると、もう墓石がずらしてあって、納骨棺(カロート)が見えている。
叔父の四十九日の納骨時に見ていたから、およそどうなっているのかは想像がついていた。
こんな感じで、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんのお骨が眠っている。
ここに入るわけですよ。


石屋さんに話を聞きました。
どうやって石に名前を彫るのか?
書いた字をゴムのシートみたいのに彫って(これが結構大変って言ってた)、それを現場で石に張りつけて、キュイーンと削るようです。
掛かる時間は1時間くらいとのこと。
私のイメージでは、その場でのみとトンカチでカンカンカンカンとやるのかと思っていたので。
そういえば、そのカロートというところ、すでに先客が4つ、母で5つ目、あと3人さん分の空きがあるとのこと。
墓石はそれほど大きくないけど、その下は結構広いんだなと思いました。
また、石を置いてあるだけじゃなくて、セメントで固めるとのこと。
重いから載せているだけかと思ったらそうじゃないそうです。
10:45 納骨おしまい
え?もうおしまい??って感じでした。
時間が余った・・その間に、実はうちの娘が作った位牌のプレゼンをしました。
コチラまた別のブログで。
11:30 タクシーでお清めの場所まで移動
タクシーで5分くらいの距離。
以前、おじいちゃんの法事でやったところで、景色がいいことは知っていましたので、そちらにしました。
12:00 お清めスタート

本当に内々(といっても、13人)と、従妹の14人なので、弟の献杯の挨拶もカジュアルに。
中華だったので、ビールと紹興酒、という感じでした。
中華だけど、もう取り分けてもらって食べるにしました。
「影膳」というのがあって、亡くなった人の分のご飯を用意してくれる。
5500円也。
持って帰りたいと、配膳の人に話していたのですが、心配ご無用、孫たちがパクパク食べていました。

14:00 お清めおしまい
次の宴会が入っているとのことで、記念写真撮って、きっかり2時間でおしまいした。
まとめ:法事は故人が皆を集めてくれる機会
それは以前から感じていました。
父は4人兄弟、母も7人兄弟、結構な数の葬式やら法事やら出ています。
母の実家の法事は叔父が差配して、うちの方(父方)の法事は、母が差配していた。
で、乾物屋をやっていた実家としては、和食屋さんのお客さんも結構いたり、舌の肥えた人たちばかりなので、そういう冠婚葬祭での食事は大事。
なので、母もいろいろなところを手配してくれていました。
ありがたかったなあ、そういう事に気づく、いいチャンスでした。
それを今度私たちがやる番です。